『風のまなざし』 〜子どもウォッチング〜

 東京都府中市教育委員会教育長 新海功 著
 

はじめに

子どもの世界は、眩しくも魅力に溢れ、感動に満ちている。率直で、裸のままで、飾りっ気のない世界。けなげで、ひたむきで、いとおしい共感溢れる世界。

子どもの世界を、シューマンは「情景」と捉え、ドビュッシーは「領分」と捉えて、子どもの世界を音符で書き留め、ピアノで表現した。同じように、子どもの世界に幸運にも侵入することができたわたしは、それを「領域」と捉え、文章で表現を試みた。

突如わたしの目の前に出現した子どもの領域。それは若い日の、教育実習に行ったときのことだった。
それまで意識したことのなかった未知の領域。自分も間違いなく通ってきたはずなのに、知らなかった別領域。果てしなく広がりのある、しかも心遣いに満ち溢れた世界。

子どもの領域に魅せられたわたしは、子ども領域の探検家となって、のめり込み、浸りきり、さまよい歩く教職人生を送った。振り返れば、少しも後悔しないばかりか、充実した幸せの日々だった。

この『風のまなざし』の詩は、愛媛大学教育学部付属小学校での教育実習のときから始まり、最後に校長職を務めた千代田区立富士見小学校まで続いていく。詩に添えている散文は、ずっと遅れて、校長職に就いてから書き添えたものである。詩と散文からなる文章のまとまりを、わたしは自ら「詩文集」と名付けた。
詩と散文を併せた「詩文」スタイルは、わたしにとって、子どもの領域を表現するのに、最も適した文章表現法である。
断っておかなければならないが、詩文スタイルにおける散文は、詩の解釈では決してない。
散文が単なる詩の解釈であったとするなら、詩はイメージの翼を失うばかりか、詩の世界を限定して閉じ込めてしまう。

もちろん、散文から説明的・解説的なものをすべて排除してしまうことなどは、できない相談である。
詩と散文が相補的・相乗的に作用して、詩の世界を広げ、散文の世界を深めるように、表現の工夫をしたということである。

例えていえば、詩がメロディーで、散文が伴奏譜に当たるといえば、分かっていただけるだろうか。
メロディーに伴奏譜がつけば、より音楽的になることはいうまでもない。効果を狙ったわけではなく、書いているうちに到達した表現法にすぎない。

どうだろう、昨今の子どもの話題は。世間やマスコミ等で取り上げられる子どもの話題は、マイナス面の問題行動が大方である。しかもそれが、極めて残念なことであるが、一般化され増幅されて語られる。<

昔も今もいずこも同じ子どもの世界、とまではいわない。子どもも時代の中で生きている時代の子。が、子どもには、間違いなくちゃんとあって光り輝いているものがある。今の子どもも決してそれを失ってはいない。
そう信じなくては教育は成立し得ない。信じるところに教育は成立する。

子どもの領域に侵入を許され、思う存分いっしょに呼吸することができたわたしは、子どもの領域の語り部となって、多くの心ある人に働きかけてみたい。共感の輪が広がっていくことを、切に願いつゝ。

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本文より

第一章 風の素顔

 学校とは

いろんな家庭から
いろんな子どもが集まってきて
いっしょに勉強して
いっしょに遊んで
いっしょに給食を食べて
いっしょに掃除をして
いろんな家庭へ帰っていく

学校とは学校はなんて素晴らしい空間だろう。
教育実習に行って、理屈なんかでなく、感覚的にそう思った。
いろんな家庭から、いろんな子どもが集まってきて、いっしょに机を並べて勉強して、いっしょに仲良く遊んで、いっしょに同じ給食を食べて、 いっしょに力を合わせて掃除をして・・・と考えると、理屈なしにいい空間だと感じた。
三十数年教職を経過し、四十年以上たった今もこの思いは変わらない。
だから、校長職に在ったとき、入学式の式辞では、「一年生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんは今日から、○○小学校の一年生です。
嬉いですね。学校はどんなところだと思いますか。学校はとても楽しいところです。」
と、本心でまず語りかけた。

学校は、人間が創造した最も素晴らしい空間の一つではないだろうか。本気でそう思っている。

「いっしょに」というのが何よりいい。同じ平面に立って、同じ平面でいろいろな教育活動が展開される。

だが待てよ。教育の批判の中に「画一的」ということがある。ここでいっている「いっしょに」と、「画一的」ということは、共通項なのかどうか、少しく整理しておく必要がある。

人は一人一人異なる存在として生まれ、発達の状態もそれぞれ違う。
しかし、そのことは生まれながらの平等を否定するものでもなければ、個性を生かす教育の必要性のみを力説しているものでもない。同じ平面に立つということが、「画一主義教育」として批判されるなら、
学校は存在しなくなる。画一的指導というのは、教育をする際に、一人一人が違う存在だということをあまり考えずに、十把一からげで同じ扱いをしてしまうことである。

これ以上、このことには踏み込まない。理屈の世界は、どのようにでも解釈がつく。感覚的に捉えたものを、理論化しようとすると無理が生じる。

学校は、子どもにとって文句なしに幸せなエリアである。

こう言うと、即座に「いじめ」はどうなんだ、「不登校」はどうなんだと言われそうである。
それら深刻な課題を、ないがしろにするつもりは毛頭ない。これらの課題に対し、学校は世間が批判する以上に、真剣に必死で取り組んでいる。

わたしが詩で語っているのは、学校は子どもにとって、そして教師にとっても、文句なしに幸せなエリアであるということだけである。


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[ 目次 ]

はじめに

第一章 風の素顔
学校とは
大樹の下
将来大物
好かれる訳
ポケット
めぼ
帰りみち
遊び時間に
理科準備室
水泳
図工の時間に
そうじ
なきむし
点数
現代っ子

第二章 風いちず
子どものテニス
家庭訪問
遊び時間
れんげ畑
遠足のおやつ
「おみやげ三つ」
新卒の先生
先生のためなら
おててつないで
貝掘り
お札
『海流十三ノット』
ホック
ガーベラ
魚釣り
先生の机
うわぐつ
同級生
遊びに夢中

勉強は嫌い
通知表
うさぎ当番
花瓶
久兵衛小島
集団登校違反
下校路
マイク放送に
運動会の朝
二度失敗
洋ラン
長なわとび
なかなおり

第三章 風たおやか
入学式風景
麦笛

落とし物

空き缶
ズボンのつぎ
ジャンケン
話がとぎれて
遠足の朝
遠足とテスト
野外観察
芝生

第四章 風のびやか
高崎山のサル
行方不明
船上仮装音楽会
おみやげ

草千里
スタート用のピストル
騎馬戦
海辺の饗筵
らくやき
浮き島現象
学級委員の選挙
七倍ぐらいのおもち
文集作り
詩集が完成して
マラソン
ホッケー最終戦
謝恩会

第五章 風はふだんぎ
頭をひねる少年に
写生大会
人間アスレチック
甲板にて
バスレク
野外彫刻
造形活動
日焼け
はにかみ
粘土クラブ
業間体操
グループ学習
苦笑い

第六章 風しなやか
朝のあいさつ
子どもの花市
陣取り遊び
サービス過剰
偶然の一致
山道で
野外音楽授業

第七章 風すずろ
ずぶぬれの親切
学級目標変じて
先生の住所
家庭訪問
方言
方言と英語と標準語
丁寧語
予約
いってらっしゃい
注文
からかい
取り引き
放課後の校庭
「先生、せんせい!」
仏像の鑑賞
プレゼント
人体模型の運搬
パントマイム
遠足のバスの中で
通訳
連想
どんぐり
ゆでたまご
新年のあいさつ
ストーブ
進路
おせ
見学児
数える練
前方後円

第八章 風はじける
あとはわかんない
一番に登校
向学心
煽動者
好きなものは
集団下校
登校一番
デュエット
先生の手
先着は誰
背広姿に
バッチのねじ
あいさつが一番
手つなぎ
早速あだなを
作品提出
大ニュース
初めての朝会
任命式
注射
のぼり棒
食器運び
あだ名
ジャズ音楽
給食当番
わたしたちの先生
連れシヨン
給食時間に
「砂糖怪獣」
デザイン
給食
休み時間に
ポピュラーミュージック
校内放送に
ブルーマー
『幻想交響曲』
擦り傷
業間体操
今日のメニューは
ひとり言
朝礼
給食当番
手つなぎ
あいさつ
リレー
理科番組
週番の腕章
テレビ視聴
間違い
行ったり来たり
早すぎる登校
週番の腕章
ズボンのチャック
時間割
提出物
家庭訪問の効果
質問が殺到
音楽朝会
言い付け
花マル
雨の日
雨の中に
注意
神妙な二人
反応
真っ黒の手
朝会のときに
つぶやき
伝染
重大問題
ソプラニーノ
休み時間に
先生の日
おとうさんの絵
威風堂々
新海大学
時間切れ
同じ名前
サングラス
水泳のある日
麦わら帽子
スポーツ刈り
図工の時間
さよならの握手
絵の具
鉛筆の持ち方
終業式の朝
通信簿
終業式の日

第九章 風しどけなく
登校
自己紹介
ハイドンの『時計』
流行語
音読
プリンカップ
先生といっしょ
宿題プリント
教科書とノート
なわとび
おにぎり
うわぐつ
絵の中の太陽
くじびき
プライド
遠足
庭ぼうき
鼻水
すもう

第十章 風そぞろ
朝のあいさつ
臭い仲
春の花の観察
歯の話題
フィールドアスレチックで
フィールドアスレチックの真っ最中に
花かんざし
ぼくらの学校
リフト
おんぶっこ
一年生の遠足
遠足の径で
展示の手伝い
すもう
自己紹介
シュプレヒコール
日曜授業参観日
休み時間
全校遠足の朝
卒業写真の撮影
なわとび
校内子ども祭り

第十一章 風すずやか
入学式の前日準備の日に
率直な子
話す勉強
ムーブメント
草花の観察に
下校時の下校路にて
横断歩道で
遠足
ドッジボール
先生のオナラ
スプリンクラー
避難訓練が終わって
電車と競走
いい日の始まり
百草園にて
出張
趣味
遠足
中学年の遠足にて
教育実習生
初めての給食
ツバメの巣
校内巡視
トルネード・ジャンケン
研究授業の翌日に
日光林間学校
社会科見学
学芸会の朝
学芸会
青空給食
雪の朝
雪のベッド
早朝の校庭
長なわとび
バドミントン
もちつき
マラソン
卒業式の翌日

第十二章 風はるけし
あいさつ
出迎え
かかわり
スーパースター
質問
金時山登山
絵を話題に
読み聞かせ
ジャガイモの収穫

あとがき

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