『教職に生きてよかった』 現職教育研究会 編
 
まえがき

児童・生徒、教え子とのふれあいをとおして
この道一筋を決意させた「センセイ オカエリ」の文字
「先生、早く鹿を見せてちょうだい!」の真意にふれて
「これはみんなの秘密だよ」と、子どもが教えてくれたこと
「ぼくは学級の子みんなが好きだ」の発言にうれしい困惑
“負うた子に教えらて浅瀬を渡る”私の教職人生
二十八年ぶりに知った事実の重さに愕然、そして涙
子どもたちと別れ、教壇を去ることができなかった
アメリカの少年を担任して、「教育に国境はない」を実感
K君の「校則違反」のわけを作文で知って感涙
「先生、月給○○万円になりました」と胸を張る教え子N君
逆境にめげず、たくましく生きる姉弟から学ぶ
素晴らしい子になったK君と一緒に卒業できた喜び
大きな感動の花束をもたらしてくれた教え子のA氏
どの子も可能性を秘めていることを教えてくれたU君
“りんどうの謎”が解ける日を期待して
「もっと強く手を握って」の一言を通し続けた教育の道
子どもたちとふるさとづくりに知恵と汗を出し合った日々
故郷の川が子どもたちの豊かな感性を育てた
縄文時代に思いを馳せ、グラウンドで野焼きに挑戦
遠泳に挑む子どもたち、その心身の成長こそ無上の喜び
生徒たちと共に苦しみ、共に喜び合った林間学校
しごかれ泣いた子どもたちが先生にタクトをプレゼント
生徒が自らの力で手にしたサッカー全国大会三位の快挙
“教室の優等生”たちに、生き抜く力を育てる部活指導
「ニーハオ」「シェーシェー」手探りで進めた国際交流
バンコク日本人学校での小さな国際人たちと過した三年間
アルミ缶回収資金でネパールに学校を贈った生徒たち
「私のボランティア」が学校全体を変えた
JRC精神が大きな輪になって、次代への夢が膨らむ
運動会をやりたいの一念から生まれた泥まみれの連帯感
ぱさぱさに乾いた心を溶かす、詩の朗読による校長講話
「由美さんのこと大丈夫だよ」と友情と連帯を誓い合った
暴力に屈しない強靭さを、クラスの一人一人が身に付けた
不登校児のA子が、教師たちに教えてくれたこと
最悪のピンチこそが学校再建のチャンスだった
カウンセリング・マインドで心に手をさしのべた日々
「みんなに心配かけちゃだめだ」と言ったT君の心の成長
「先生死んだらぼくが墓建てたる」と恩義を語るS君
一人だけの卒業式、彼女の目は輝いていた
それぞれの、たった一人の卒業式
信じ、認め、励ますことの大切さを教えてくれた春の訪問者
教え子と共に、教え教えられながら歩める幸せ
私の教職の道を照らし続けてくれた「金の卵」たち
教え子たちからの粋な贈りもの
教え子との三十年目の出会いの感激
三十五年ぶりに教え子から届いた手紙は何にもまさる褒美
私の最後の授業を見守ってくれた三十七年前の教え子たち
船酔いと友情と涙の「北海道少年の船セミナー」
教師・恩師とのふれあいをとおして
人生、「出会い」ほど大切なものはない
ピンチをさりげなく救ってくれた校長先生の説話
“温厳一如”を身をもって示された先輩のK先生
聞いてもらえなかった事故の報告
今も、在りし日の茂手木校長が私の手本だ
五十年前の教え子をなお気遣う恩師に教育愛を見た
「垢を落とせ」を自戒とし、恩師・今井鑑三先生を偲ぶ
ハツラツたかえ先生と一年生と私の春夏秋冬
「これでいいのか」と、子どもたちに判断を迫った担任
一人の教師の熱意が全校教師・児童の心を燃え立たせた
忘れられない校医の白衣姿とあたたかい手
現職最後の日、大勢の職員に囲まれて“午前零時の乾杯”
今も生きている「夢とロマンに溢れる学校づくり」の汗
肩身の狭い思いでいた体育教師が「体育授業研究会」を創設
父母・地域の方々とのふれあいをとおして
ときどきに出会った人々からさまざまに教えられて
“善意の誤解”に支えられての新任教師の出発
T君のお母さんは“先生の先生”だ
教壇に立った“お父さん先生”が大きく見えた
大震災の苦しみの中、地域と支え合って灯した希望の光
闘病中の子どもを気遣うPTA会長の、病院からの電話
子どもたちの感性が光る、心においしい「ふれあい給食」
感動の渦に包まれて、響け!「カチューシャ」大合唱
不登校児を立ち直らせたM教師の手紙
娘を亡くした悲しみに耐えてなお周囲の者に感謝する父親
“若き日の過ち”と“母の戒め”を指導に生かして
児童の感動体験と出会い、教師も共感的感動を味わう
人生読本「柴又日記」を聴いて、今日の教育の欠落を知る
「富士音頭」の踊りの輪が地域の和になった
あとがき
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